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365 現在の取組と意識

おぢや震災ミュージアムそなえ館 堀澤淳司 インタビュー(第9話)

 (中越地震発生当時 小千谷市ガス水道局主任)

 
現在はガス管、水道管は地震に強いような管を使うようになっていると思います。
災害があったところに近い事業者が、水道であれば近い水道局の方たちが応援に行くという
ネットワーク的なものも確立されてきているのではないかと思います。

意識が変わったのが2つあって、1つはガソリンの給油をこまめにすること。
中越地震のとき車の中で避難をした方がたくさんいらっしゃって
我が家も車に避難をしたんですけども、
寒い時期だったので当然エンジンをかけてエアコンをつけないと外は寒くて。
でもエンジンをかければかけるほどもちろんガソリンが減るので。
減ったらガソリンスタンドに行くんですが
ガソリンスタンドも長蛇の列ができていたという状態だったので。
今までは目盛り1つ残って「まだいける、まだいける」なんて言って
空(から)に近づいてやっと給油していたんですけど、
半分減ったらこまめにガソリンを入れるっていうのが1つ。

あとは屋根の雪をあまり溜めないように意識は変わりました。
もし雪が降って1月、2月に屋根の上にたくさん雪がある状態で
同じような強い揺れが来ていたらもしかしたら家がどしゃっとなって、
我が家だけではなくて、家がつぶれたという人ももっともっといたと思うんですよね。
中越地震の時はたまたま10月で雪がなかった。
それで、つぶれなかったっていうのはありましたね。
そういった中で家の頭を軽くしておいたほうが安全だなという意識があるので、
雪を溜めないという風に意識が変わった。

本当に水がないと生きていけないっていう。改めてわかった。
普段から水と食料の両方を、あまり大量には難しいかもしれないんですけど
1日、2日分ぐらいは準備しておかなきゃいけないんだなというのは思いましたね。

あとはやっぱり正確な情報を避難所の町内の方からきちんと行政、市に伝えられる状況というか。
常日頃から情報伝達の手法をしっかりしていることが大切かなと思います。
とにかく正確な情報を行政は知りたいというところなので。
普段から町内会さんにもそういった働きかけをしておいた方がいいんだろうなと思いますね。

おぢや震災ミュージアムそなえ館 堀澤淳司 インタビュー(第9話)

 (中越地震発生当時 小千谷市ガス水道局主任)