地震発生から1週間後、私は初めて被災地に入りました。
被災地から送られてきた悲惨な映像の中で特に印象に残ったある被災者に会うためです。
印象にのこっていた人…
それは中越大震災で唯一発生した火災により家が全焼してしまった被災者でした。
その男性は山が崩れ、自宅が全焼してしまった風景を見て
「地獄の風景だ」とカメラに向かって答えていました。
私は何かに突き動かされるように男性を捜しにでかけていました。
男性は当時、総合体育館に奥様と2人で避難されていました。
ご挨拶をしたあと、立入規制が出されていた現場に同行させていただき、
当時はどんな様子だったのかなどを取材させていただきました。
ご自身が大変な中でも取材に協力していただき、
私たちマスコミには「何ができるのだろうか」「何を報じるべきなのか」
自問自答する日々が続きました。
その中で、私が出した答えは、
被災地で暮らす人々が「今、何に困り」「何が必要か」をきちんと取材し、
報じることなのではないかと自分なりの答えを出しました。
男性とは震災から1か月、半年、1年と仮説住宅に入居し、
家を再建するまでを取材させていただきました。
仮説住宅で新年にむけて作るという手作り「こんにゃく」をごちそうになった時の味が懐かしい。
【執筆】
BSN新潟放送 メディア本部報道制作局 報道部長 酒田暁子(第2話)